戦国武将人気投票
あなたが好きな戦国武将は誰?
今回のテーマは『戦国武将人気投票』
当たり前の話ではありますが、念のため前もってお伝えしておきます。
人気 = 実力 ではないということ。
また人気投票そのものも、いつ、どういった人たちを対象に行うかによって結果はガラッと変わったりします。
それらをご理解いただいた上、あくまでエンタメとして楽しんでいただけましたら幸いであります。
今回の人気投票は、TikTokにて2020年秋に行ったものとなります☺️
総有効票数:1709票。
【ルール】
⚫︎戦国武将のみならず、戦国時代に生きた人物全般
⚫︎戦国時代とは、1467〜1615年までと定義
第10位 本多忠勝(35票)
第9位 石田三成(42票)
第8位 黒田官兵衛(48票)
第7位 武田信玄(52票)
第6位 豊臣秀吉(54票)
第5位 徳川家康(78票)
第4位 上杉謙信(99票)
第3位 ◯◯◯◯(205票)
第2位 ◯◯◯◯(216票)
第1位 ◯◯◯◯(221票)
第10位 本多忠勝(35票)
ほんだただかつ。
総有効票数1709票のうち、35票をGET!
彼はその生涯において57回もの戦に参戦し、なんと無傷。
めちゃめちゃ強いです。なので、ゲームではめちゃめちゃ大柄で、めっちゃ強いキャラとして登場することが多いです。
が、実際にはそこまで背の高い方ではなかったようでして、私が思いますに、一人の武人としての個人戦闘力にも長けていたとは思いますが、それ以上にケガをしない戦い方が上手かった。つまり、戦術に長けていたのではないかと思います。
いくら本人が強くても、何十回も敵と直接刃を交えていたら、さすがに無傷ではいられないと思います。あくまでこれは、私の意見です。
第9位 石田三成(42票)
いしだみつなり。
総有効票数1709票のうち、42票をGET!
関ヶ原の戦いの西軍の中心人物。裏方の能力に長けており、豊臣政権を、ひいては圧倒的な規模であった豊臣軍を内部から支え、秀吉の天下統一に貢献しました。
裏方と聞くと目立たない印象があるかも知れません。が、こんな名言があります。
「素人は戦略を語り、プロは兵站(へいたん)を語る」
これは軍事学における有名な格言で、どれほど優れた作戦や構想(戦略)があっても、それを支える物資や人員の補給(兵站・ロジスティクス)が破綻していれば必ず敗北するという真理を表しています。
正直、この石田三成さん、戦には長けておりません。が、目立つことが必ずしも大事なわけではないことを、彼は静かに物語っているようにも思えます。
第8位 黒田官兵衛(48票)
くろだかんべえ。
総有効票数1709票のうち、48票をGET!
これまた秀吉の天下統一を支えた人物にして、天才軍師。
あまりに頭が良すぎたせいか、その秀吉からも警戒されたという話まであります。
さらには、じつは天下を狙っていた?という話まであります。
天下分け目の関ヶ原の戦いの際、全国の戦国武将たちは西軍・東軍いずれかに味方しました。が、この黒田官兵衛は、そのどちらともとれないような動きをしたという意見があります。
実際に次の天下を狙っていたのかまでは分かりませんが、彼に実力があったからこそそのような疑念も湧いてくるのかも知れません。
第7位 武田信玄(52票)
たけだしんげん。
総有効票数1709票のうち、52票をGET!
『甲斐の虎』と呼ばれ恐れられた、名将中の名将。
戦国最強との呼び声も高く、あの織田信長でさえ信玄との直接対決は避けておりました。
三方原(みかたがはら)の戦いにおいて、徳川・織田連合軍に圧勝するも、なんと信玄は病没してしまいます。
もし彼が生きていたら、歴史は変わっていたかも知れないと言われます。
第6位 豊臣秀吉(54票)
とよとみひでよし。
総有効票数1709票のうち、54票をGET!
圧倒的な規模の軍勢をもってして、天下統一を成し遂げた人物。
『人たらし』と呼ばれたほどの人心掌握の達人であり、調略を得意とした人物です。
敵ですら味方にしてしまうほどの人柄の良さがあったのでしょうかね。
めっちゃ気が利いて、どこかオチャメな方なのかなってイメージもあります。
が、後半生の秀吉は恐怖政治を行ったふしがあります。いざ自分が一番強くなってしまったら、人当たりが良い必要がなくなってしまったのかも知れません。
第5位 徳川家康(78票)
とくがわいえやす。
総有効票数1709票のうち、78票をGET!
長きにわたる戦国時代を終わらせた偉人。
幾度も困難にさらされ、それらを耐え抜き、または切り抜け、江戸幕府を開きます。
本多忠勝・井伊直政(いいなおまさ)・服部正成(はっとりまさなり)といった武勇に長けた者たちや、本多正信(ほんだまさのぶ)といった知略に長けた者、また彼らも含め忠誠心の高かった三河武士を率いました。
第4位 上杉謙信(99票)
うえすぎけんしん。
総有効票数1709票のうち、99票をGET!
『軍神』はたまた『越後の龍』とまで呼ばれた戦術の天才。
第四次川中島の戦いにおいては、戦国最強とも目される武田信玄と激戦を繰り広げました。戦略面においては武田信玄の勝利とみなされることが多いですが、戦術面においては上杉謙信の勝利とみなされることが多いです。
そういった理由からこの戦い、引き分けとよく言われます。
第3位 伊達政宗(205票)
だてまさむね。
総有効票数1709票のうち、205票をGET!
戦国BASARAなどのアニメやゲームの影響があるように思われます。ちなみに今回の人気投票は2020年秋に行ったものですが、その数ヶ月にも人気投票を行いました。
その際に優勝したのは、この伊達政宗さんでした。
『独眼竜』の異名を持ち、生まれるのがもう少し早ければ天下をとっていたかも知れない、とまで言われる名将です。
また慶長十八年(西暦1613年)、慶長遣欧使節(けいちょうけんおうしせつ)をスペインに派遣しております。海外に目を向けること自体、それなりに視野の広い人物だったとは思いますが、彼の場合実際に海外に人を送っており、その実行力も高く評価できると思います。
第2位 真田信繁(216票)
さなだのぶしげ。
総有効票数1709票のうち、216票をGET!
じつは、前回の戦国武将人気投票の準優勝者。彼もまた伊達政宗と同じく戦国BASARAなどのゲームやアニメの人気が影響していると思われます。
創作作品においては真田幸村(さなだゆきむら)の名前で親しまれ、圧倒的に不利と言われた大坂の陣にて大活躍。
慶長十九年(西暦1614年)、大坂冬の陣では『真田丸』という出城を築き、徳川の大軍勢を迎え撃ち、猛反撃を加えます。
翌年の大坂夏の陣では敵総大将・徳川家康を、あと一歩のところまで追い詰め、その家康から
日ノ本一ノ兵(ひのもといちのつわもの)
つまり、日本で一番強いとまで言わしめた。という話があるのですが、家康本人がそれを言ったという史料は残されておらず、おそらくはフィクションであろうと言われております。
第1位 織田信長(221票)
おだのぶなが。
総有効票数1709票のうち、221票をGET!
言わずと知れた、戦国時代の革命児。おそらく、戦国に興味のない人でも名前ぐらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。
めっちゃ強いイメージがあるかも知れません。が、じつは織田信長は戦上手だったわけではないんです。勝率は決して高くはない。
勝率に関して言いますと、武田信玄や上杉謙信の方が上。
しかしながら彼の勢力拡大は凄まじいものがありました。強さなくしてここまでの結果は出せません。では、勝率よりももっと決定打となったのは、いったい何でしょう?
一昔前の説ですと
「兵農分離を推し進めたことが信長さんの強さの秘訣だ!」
とささやかれたりもしておりました。
どうゆうことかと言いますと、一般的に戦国武将は戦が起こった際に領内の農民を兵士として徴収し戦わせておりました。
が、収穫時期など農業に人手が必要なタイミングでは兵士にすることが出来なかった。
それを、農民は農民、兵士は兵士として完全分業にして一年中戦ができる体制を整えた。
だから強くなったというもの。
しかしながら近年の研究では、
⚫︎戦国末期にも武士であり農民でもある土豪・地侍が多数存在した。
⚫︎地域によって実態が大きく異なった。
⚫︎「兵農分離」は一つの政策というより長期的な社会変化だった。
という見方が強まっています。
特に近年よく言われるのは、
「兵農分離という政策があったのではなく、兵農分離という結果が徐々に形成された」
という考え方です。
したがって、織田信長が兵農分離を完成させて強い軍隊を作ったという説についても、近年は慎重な見方が増えています。
家臣の城下町集住は確認できるものの、「制度として完成した兵農分離」を示す明確な根拠は十分ではないとされています。
そんなこんなで、現在の研究者の間では
「兵農分離は存在しなかった」
というわけでもなく、
「従来考えられていたほど単純でも急激でもなかった」
という理解が主流です。
とまぁ、そんな感じらしいです😝(テキトーなまとめ方😜)
そんなこんなで、勝率こそは高くないものの、結果として信長さんの勢力拡大はものすごい勢いでありました。いろんな研究結果から、以前とはイメージが変わってきているようですが、なんだかんだで凄い方というのは変わりません。
私も大好きです。
では、わたくし(ジャミ)が戦国武将人気投票にて、一票だけ投じれるとしたら誰に投じるか?
それは……
真柄直隆(まがらなおたか)
巨大な刀・太郎太刀を、実戦にて振るった猛将であります😌⚔️
敗戦が確定的となった姉川の戦いにおいて、仲間たちが逃げる時間をかせぐために、あえて戦場に残って戦い続け、散っていった武将さんであります。
《あとがき》
とまぁ、あれこれと厨二病心満載で書いてきましたが、現代の我々がイメージする彼らは、私の中ではフィクションのように捉えているふしがあります。なんならゲームキャラのような感じです。
実在はしていた。でしょう、おそらくは。
しかしながら私は、今同じ時代を生きている人たちのこともよく分かっておりません。
なんならよく顔を合わせている人たちのことすらよく理解できていないと思います。
出来ていたとしても、あくまでそれは、理解出来ている “つもり” 。
ましてや会ったこともない方々についてなど、理解が及ばないとした方が良いと思います。当時を生きなければ分からない感覚もありますでしょうし、それなのに、史料に残されたごくごく断片的な情報などから彼ら彼女らのことを理解するには限界があります。
なので、
「私、戦国武将の◯◯様が大好きです!義にあついところが好きです!」
とか言われることもあったのですが、正直、返答に困っておりました。返答に困ったあげく、
「そうですね😌素晴らしい方ですよね☺️」
とお答えしたのですが、私の中では「あのゲームのあのキャラ、カッコ良いですよね、分かります。私もそう思います」みたいな感覚でした。
そして、史料に残されていない方々の方が、はるかに多くおられていたこと。これも忘れてはならないなと思います。当時を生きた、名も残らぬ方々。
彼ら彼女らに想いを馳せることがあります。
名が残ったかどうかより、幸せであったか?
その方が気になるところです。
どうか、幸せでありますように。
いや、それもちょっと違いますね。
彼ら彼女らは生きた。
それで良いと思います。
それだけで良いと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
他にもこんな記事(戦国系)書いてます。




















ジャミさん一体何者?!😳
受験勉強で猛勉強した歴史や大河ドラマを思い出すところがあったり、新たな知識が増えたりと読み応えのある記事でした!✨
ジャミさん、兜も作っているのですか??兜と鎧も気になります😄